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かけ算の順序をめぐる議論についての考察

はじめに

かけ算にはしかるべき順序があり、その順番を守った式を書かないと、答えがあっていたとしても式に×がつけられるとのことです。

これは小学校2年生の算数の問題のことで、例えば、以下のような問題です。「3人の子供がいます。全員に7本ずつ鉛筆を配ります。全部で何本鉛筆が必要でしょうか?」答えはもちろん21本です。しかし式として3x7と書くとこの式には×がつきます。式は7x3でなければならないといいます。

このことをめぐって、ツイッター(現𝕏)で議論が始まり、はや20日が経ってもいまだに議論が続いています。ざっくり言えば議論は「掛け算に順番はない」と考える人々(順番なし派)と「掛け算の順番を守るべき」と考える人々(順番あり派)の対立構造の中で繰り広げられています。本記事では、まず数字の順番をどのようにしたら×がつかない式を書くことができるか説明します。続けて、式が×にされる根拠(制度的背景)を説明します。またいくつかの議論の典型例について筆者の考えを述べます。また最後に、この問題について生産的な議論がなされるよう、議論の対象を絞ることを提案したいと思います。

×にされない式の書き方

5つのリンゴが乗ったお皿が4つ描かれた単純な模式図
5つのリンゴが乗ったお皿が4つ

【注意】ここでの説明は、×にされない式の書き方がわからないで困っている人向けです。

5つのリンゴが乗ったお皿が4つあります。全部でいくつリンゴがあるでしょうか?

×にされない式を書く考え方のポイントの1つ目は、まず「足し算の式を考える」ことです。この絵にあるリンゴを数えるなら、5 + 5 + 5 + 5 ですよね。5 + 5 + 5 + 5は、5が4つですね。この時この式は5 x 4と表します。「5 x 4」という式は5の4倍のことと理解しましょう。

4 x 5と書くとこの式は×にされます。なぜなら4x5は4 + 4 + 4 + 4 + 4のことなのです。5つのリンゴが乗ったお皿が4つあって全部でいくつ数える場面では、5 + 5 + 5 + 5として数える方法は、4 + 4 + 4 + 4 + 4と数える方法よりも自然ですよね。この場面で、このリンゴを4つずつ数える*1人がいるかもしれませんが、かなり変わった人であると言えるでしょう。

もう一つ例を出します。「3枚の1000円札があります。全部で何円でしょうか?」この問題は1000 + 1000 + 1000で答えが出ます。1000の3倍ですね。これを表す式は1000 x 3です。一方で3 x 1000は3を1000回足し合わせる場面を意味します。

2つ目のポイントについては、以下のように考えてください。5の4倍は、5 x 4と表すのですが、5の4倍はいくつでしょうか?20ですね。20枚ではありません。4の5倍なら4x5と表し、答えは20です。20個ではありません。1000円の3倍は、1000 x 3と表して3000円です。3枚の1000倍は、3 x 1000と表して3000枚です。xの前の'もの'を、xの後の数倍すると考えてください。5 x 4は5の4倍のこと(4の5倍ではない)。1000 x 3は1000の3倍のこと(3の1000倍ではない)。

これがわかれば、×にされない式を書くことができます。

なお、数の順番については、「1つ分の数」x 「いくつ分」と教えることもあるようです。お皿に5つのリンゴが乗っていて4皿ある場合、「ひとつ分の数」が5、「いくつ分」は4にあたります。ただ、筆者としてはこの教え方については懸念があると思っています。機械的に文章題から「1つ分の数」を探し、次に「いくつ分あるか」を探し、この順番に掛け合わせるような学習の仕方をしてしまう子供がいないとも限らないからです。上述したような、足し算と掛け算の対応を教えた方が、小学校2年生には理解しやすく適切なように思います。

×にされる根拠

小学校の教諭は、なぜ掛け算の中の数字の順番にこだわるのでしょう?答えは簡単です。学習指導要領というものがあって、教諭はそれに従わなくてはならないからです。その中には、次のように書かれています。

小学校学習指導要領(平成 29 年告示) p68

ここで特に関連するのは(イ)です。その前に書かれたところも含めて表現すれば、小学校の教諭は「乗法が用いられる場面を式に表すことができるように指導する」必要があるのです。「場面を式に表す」という表現に気を付けてください。

教諭は生徒が場面を表す式ができていないと判断した場合、指導のために×をつけるのです。

学習指導要領解説

学習指導要領は簡潔にまとめられており、乗法が用いられる場面を式に表すとはどういうことか、乗法の意味とは何か、については書かれていません。

そこで登場するのが学習指導要領解説です。学習指導要領解説では、指導要領にあるそれぞれの項目についての意味を詳細に解説しています。

順番なし派が「先生は学習指導要領に従う法的義務があるが、学習指導要領解説に従う義務はない」と主張することがありますが、学習指導要領解説にある説明を顧みずに独自の解釈をして教えていた場合には、指導要領で求められた指導と言えないような指導になってしまうこともあるでしょう。教諭は学習指導要領解説を読んで、そこに述べられた意図を十分に汲み取る必要があると思います。

議論例 その1: 答えをどうやって出すかは自由だろう?

「答えの出し方は自由な発想に任せるべきで、式に×をつけるべきでない」という主張が「順番なし派」からなされることがあります。

この主張の背景には、「式は、問題の答えの出し方を書いたものである」という考え方があります。この考え方は、学習指導要領にある「乗法が用いられる場面を式に表す」ことからずれていることに気をつけてください。学習指導要領が求めているのは、「場面を式に表すこと」であって、「答えを求める過程を式として書き表すこと」ではありません。

議論例 その2: 乗法の交換法則については、指導要領解説に書かれている。

「順番なし派」からは、乗法の交換法則 (AxBはBxAに等しい)があるのだから数字の順番はどちらでも良い、とする主張がなされます。交換法則が成り立つからといって、数字の順番を逆にしてしまったら「乗法が用いられる場面を式に表す」ことができていないことになります。

また、「乗法の交換法則を認めないのか」といったことも言われますが、指導要領解説には、以下のように乗法の交換法則に関する記述が多数あります。「乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい」とはっきり書いてあります。

式を作る段階と、式の計算結果を求める段階を分けて考えるとわかりやすいでしょう。式の計算結果を求める段階では交換法則を活用して良い、ということです。

小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説115ページ
小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説p116
小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説p117
小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説p117

議論例 その3: 学習指導要領解説には、掛け算の順序について書かれている

学習指導要領解説には、掛け算の順序については書かれていない、という誤った主張がありました。学習指導要領解説には6ヶ所の記述があります。

ただし残念なことに最初の2つの記述には問題があり、順番を逆にしても構わないと曲解されかねない表現になっています。

しかし、それ以外の4ヶ所は、「掛け算の順番あり」と読み取れる記述です。指導要領解説をよく理解して指導するなら、「掛け算の順番あり」の立場から指導する以外にありません

この2ヶ所の表現を取り上げて、「逆でも良い」と主張する人もいますが、他の4ヶ所で述べられていることと整合的ではありませんから、曲解に基づく無理な主張と言えるでしょう。

問題の記述箇所について説明します。

問題の記述箇所1

そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を乗法を用いて表そうとして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5× 4と表す。

「一つ分の大きさである5をに書く場合」とあるのだから、「一つ分の大きさである5をに書く場合」があっても良いことになる、という解釈が可能なのがこの記述の悪い点です。

そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を乗法を用いて表すには,一つ分の大きさである5を先に書き、5× 4と表す。

とすれば指導要領解説の中で順番ありとしていることと、より整合的になります。

問題の記述箇所2

このときも,一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に表す場合,「2mのテープの3倍の長さ」であれば2× 3と表す。

「倍を表す数をに表す場合」とあるのだから、「倍を表す数をに表す場合」があっても良いことになる、というような解釈が可能なのがこの記述の悪い点です。

このときも,一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に書き,「2mのテープの3倍の長さ」であれば2× 3と表す

とすれば指導要領解説の中で順番ありとしていることと、より整合的になります。

下に示したのは指導要領解説中の掛け算の順序について書かれている箇所に下線①~⑥を引いたものです。赤下線部①と②は、上記の問題がある箇所。緑下線部③から⑥は「順序あり」でなければこのような記述にはなり得ないと考えられる箇所です。

小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説をもとに作成。

議論例 その4: 公式暗記の弊害が起きないように指導すべき

「順番なし派」から「順番を公式のように暗記して式を作る悪弊が広がる」との主張がありました。公式の暗記ではなく、ちゃんと理解できるように指導すべきところです。これは、掛け算の順序だけの問題だけではなく、あらゆるところでそうならないように気をつけるべきところと思います。

議論例 その5: 掛け算の順序は、数学の定義ではない

掛け算の順序は、数学の定義だ、とする主張が順番あり派からなされることがあります。掛け算の順序は、いわば日本のローカルルール、しかも小学校2年生の算数で指導するときにそうしましょう、というかなり限定されたローカルなルールです。厳密な数学的な意味での定義ではありません。国際的にもこの順番を守ることは常識的ではないでしょう。

議論例 その6: 順番を守っていない例がたくさんある

スーパーのレシートで3個x100円のように書いてある。YouTube動画で5匹x4本=20本などとしている。学年x10分 勉強せよという表現はどうなのだ?という主張が「順番なし派」からなされるようです。一般生活における、これら順序の是非について考えたい人は考えればいいですが、筆者は順序を守っても守らなくてもいいと思います(筆者は100円 x 3個の方の表現を好みますが、人に押し付けるほどではありません)。掛け算の順序の問題は、あくまでも小学校2年生を対象とした算数教育において、どう指導するかについての問題だと思います。

議論例 その7: 指導要領や指導要領解説は教諭向け(追記: 2023年12月11日)

指導要領や指導要領解説は教諭向けであって、児童はそれに従う義務はない、とする議論がされることがあります。本記事での議論は、掛け算を小学校2年生に教えるのにあたってどのように指導すべきかと言う話であって、児童が指導に従うべきかと言う議論は別の議論です。私の知る限り、児童が指導要領や指導要領解説に基づいた教諭による指導に従うべき義務があるとする根拠規定はありません。従うも従わないも児童の自由でしょう。ただし、教諭は、順番が守られていない式に×をつけて指導するでしょう。

掛け算の順番は、約束ごとである

数学的に厳密な意味で、掛け算に順番があるわけではありません。要するに、掛け算の順番は文科省が日本の小学校2年生の算数教育に導入した約束ごとです。ただし、以下の表現からは、文科省としては、文科省が導入した約束ではなく「日本語圏での順序」であると考えているように伺えます。

なお,海外在住経験の長い児童などへの指導に当たっては,「4×100 mリレー」のように,表す順序を日本と逆にする言語圏があることに留意する。

順序についての約束ごとを導入する意義

この約束ごとを導入する、小学生2年生に対する教育的意義としては、何が考えられるでしょう?

  1. 場面をより良く表現した式を作ることができるようになります。このような約束ごとを守ることで、約束ごとを守らないよりも、一定の秩序に基づいた式で場面を表現することが可能になります。
  2. 「式は単に答えを出すために書くのではなく、その場面を自然に表すことが大事なんだ」という学びは、式を読みやすく書き表す(意味を汲み取りやすく書く)ことに気をつけるようになるきっかけになると期待できます。
  3. 「ちゃんとした理解をすれば、バツにならない式が書ける」という経験を小学2年生がすることは、そこにあるルールや考え方をちゃんと理解することの重要性を身をもって知るということであり、その後の学びの質を向上させる上で重要な役割を持っていると思います。

筆者は、特に(3)が大事だと考えています。「日本の研究力低下」が言われていますが、その原因の一つとして、いわゆる正解主義や答えを安直に求める勉強法によって、大学生、大学院生の考える力が落ちていることがあるように思えます。

順序についての約束ごとを導入することに対する懸念

ご意見があれば、コメント欄にお願いします。

生産的な議論のために

掛け算の順番についての議論を「順番はありか・なしか」で議論すると議論対象が大きすぎるのでしょう、議論が発散してしまうことをよく見かけました。議論の論点をもっと狭く絞って議論すべきと思います。 議論すべきなのは、「小学校2年生の算数教育において、掛け算の順序指導をすることは、小学校2年生がこれからいろいろなことを学んでいく上で、有用か」という点だと思います。有用である点、有害である点を拾い上げ、総合的に判断して順序指導をすべきかどうか考えるべきと思います。

ただし、これをすべきなのは指導要領解説の編纂に携わる方々であると思います。今の指導要領、指導要領解説のもとでは、教諭は順序指導をする必要があります。これらの改訂を待たずして、「順番なし」を強く主張するのは、小学生、保護者、教諭の間の無用な軋轢を高めてしまう懸念があると思います

終わりに

ツイッターでのやり取りにおいて、議論対象ではなく議論をしている相手についての言及が目立ちました。議論の対象を定め、相手についての話はしないことが、生産的な議論には不可欠だと思いました。

最後に、非常に大変な環境の中、小学生の指導にあたられている教諭の方々に敬意を表して、本記事を終えたいと思います。

余談1

英語では、7x3を、seven times three あるいは、seven multiplied by threeのように読むと思います(他にもseven three、あるいはseven lots of three)。「3人の子供に7本の鉛筆を配るのに必要な鉛筆の本数」を求める式について、7x3と書いて、seven times three (あるいはseven three、seven lots of three) と読んだり、あるいは、3x7と書いて、three multiplied by sevenと読んだりしたらどうでしょう? おそらく「それ違うよ」と言われるシーンではないかと思います。 7x3と書いても、3x7と書いても良いが、式を読み上げるときには注意をしていると思うのですが、詳しい方いませんか?

  • seven times three: 3の7倍 (日本の順序で言えば3x7)
  • seven three: 7つの3 (同 3x7)
  • seven lots of three: 7つの3のまとまり (同 3x7)
  • seven multiplied by three: 3倍された7 (同 7x3)

余談2

日本語では、7x3を「7の3倍」と考えるのが普通だと思います。もし日本語で、7x3を「7倍された3」と考えるのが普通だったら、掛け算の順序指定は逆になっていたのではないかと思います。

余談3

筆者が子供の頃、算数でつまずいたことを思い出しました。つまずいたのは=(イコール記号)の意味を理解していなかったからです。イコール記号を、「答えを出しなさい記号」と思っていたのです。あたかも「日本で一番高い山は?」と言うときの「は?」と同じものだと思っていたのです。算数で同じようなつまずき方をしている児童がいるかもしれません。「これは答えを出せという記号ではないんだよ」と教えてあげてみてください。

余談4

問題の2つの記述箇所については、文科省に修正要望を出しました。改訂時に変更されることを期待しましょう。

*1:お皿の左下に4つ、下中央に4つ、右下に4つ、左上に4つ、右上に4つ、のような数え方も可能ではあります。